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『議事録』ダイタングループ副社長・丹有樹氏による「経営者講義」

開催日時:2015年5月13日(水)19:00~21:00
講師:ダイタングループ 副社長 丹有樹氏
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ダイタングループ副社長、丹有樹氏をお招きし経営者講義を開催いたしました。
当日のレポートを掲載いたします。


経営者講義当日は、社長の丹 道夫 氏はお越しになれなかったため、
講義に先立ち撮影させていただいたインタビュー映像を冒頭でご覧いただきました。
まずは、その映像からご覧ください。


ここから、丹有樹氏の講義↓ -----------------------------------------------------------------------------



1.自己紹介
~ テニスから学んだこと

1974年生まれの、現在40歳。

大学卒業後、
「テニスコーチをやろうと思う」と父親でもある社長に話したところ
「いいんじゃないか」と、軽くOKが出た。

今考えると、とてもありがたい選択をさせてもらえたものだ。

大学までは、いわゆる優等生。
勉強をガッチリやって、与えられた枠の中で

物事を処理していくということをやってきた。

しかしテニスの試合で勝つためには、優等生気質ではだめだった。
与えられた枠の中だけでなく、
「何か自分で型を破っていかないといけない]
そう気づくことができた。

また、テニスコーチとして人と接する仕事をしてきたことも、
今の経営者としての仕事に活かせていると思う。

テニスの師匠が、テニスのイベント会社を立ち上げるというので
その会社の創業に加わったこともあった。

二代目として、いつか会社を継ぐということは、頭のどこかにあったが、
「創業」というのは、二代目の立場ではなかなか経験できることではない
という思いがあった。

結局その会社は6年ほどで倒産してしまったが、
創業から倒産までを見てこられたのは、本当に良い経験になった。

2.富士そばについて
(1)「富士そば」という名前の由来

父である社長は、富士そばを始める前は、不動産事業を行っていた。
不動産事業は、時代の流れもあり、当時球団が持てるといわれるほど儲かっていた。

その後、不動産業から富士そばの前身である「そば清」を始めるが、

不動産事業で、動くお金が大きいのと比べ、
日銭30~40円の飲食の商売を始める決断をしたことは、
社長(父)にとって非常に苦しいものだった。

そんなある日の帰り道、

父は、夕日にあたった富士山を見た。
「夕日にあたった富士山もあんなに綺麗ではないか」
「もう一度足元を見直してこの仕事を頑張ろう」

そんな思いからつけた、「富士そば」という名前をつけた。

(2)二代目から見た企業文化

◆「富士そば」の『質実剛健』な文化

「富士そば」を一言で表すと『質実剛健』が適切だと思う。

富士そばの一番のこだわりは、立地の良さだ。

それが、元不動産屋という自分たちの強みを活かせる部分だと考え、
出店目標は立てないことをルールとしてきた。

本当に良い土地、良い物件に店舗を展開することを
ぶれることなくこだわり続けている。

そこが、『質実剛健」という言葉が「富士そば」の企業文化を表す
適切な言葉であると思う理由だ。

イノベーションカンパニーとしての歩み

①24時間営業の導入

24時間営業といえば、コンビニエンスストアが最初に始めたイメージが強いが、
1972年、実はコンビニエンスストアよりも約3年早く、
「富士そば」が24時間営業を始めている。

②『立ち食い』を駅中から路面店へ展開

立ち食いそばといえば駅のホームなど駅ナカに出店されている
イメージが強かったものを「富士そば」では、
早い時期からビジネス街など路面店への展開を始めていた。

このように「富士そば」は、

常にイノベーションを起こすことを大切にしてきた企業であると感じている。

二代目として、
イノベーションカンパニーとしての「富士そば」の企業文化を大切にし、
持ち続けていきたいと思っている。

時代の流れに合わせて変化きたこと

①店舗を綺麗にする

“そば屋といえば立ち食い”そんなイメージを広めていきたい。

そのためには新しい客層、女性客を増やすことが必要だ。
そのような社長(父)の思いから始めたのが、
店頭にある商品のサンプルケース、そして店内を綺麗にすることだった。
②立ち食いとスペースと椅子を併設する

また、高度経済期の短い時間で手軽に食べるといったような食べ方ではなく、
お昼の休憩時間や夜仕事の後に、落ち着いて座って食べたいという
お客様が多いのではないかと考え、立ち食いスペースと、椅子のある席の併設を始めた。

③味の向上のために、オペレーションを変更する

「富士そば」はこれまで10~15坪、
少人数オペレーションという形で行ってきたが、
お客様の趣向は向上してきており、

同じ商品であっても味に進化がないと、お客様から
「まずくなった。」と言われてしまうのが飲食業の世界だ。

そこで、
生そばへの麺の変更、天ぷらの店揚げ、
また、天ぷらの店揚げに対応できるように店舗のキッチンを拡大させるなどの
変化を取り入れ、味の向上を常に行ってきた。

(3)成長のための仕組み
◆7社に分社化して行う経営スタイル

現在、富士そばでは、105店舗を7社で運営しており、
各会社の経営は、それぞれに配置されている常務に任されている。
小さい組織に分社化して経営することで、
一人あたりの仕事量は多くなる。

しかし仕事量が増える反面、

各社員が成長しているということを感じる。
小さい組織で経営することで、

「人の後ろに人が隠れる」ことを出来るだけ減らし、

各社員の責任の明確化ができると考えている。

また物件開発において、各会社にエリアのグループ分けは、行っていない。
そのため、渋谷区7店舗、新宿区6店舗に対して4社で経営している。

物件開発においては、

「良い物件を見つけたら一番に社長に報告する」
ということだけがルールだからだ。

これは、

「物件開発と営業を分けてはいけない。」

という社長の言葉から作られたルールであり、
物件開発と営業を分けず、見つけてきた人間に責任をもって管理させることで
店舗が上手くいっても、いかなくても起こり得る
揉め事の種を摘むことができると考えている。

そして、各会社間での競争を活発化できていることが大きなメリットだ。

◆メニュー構成は全て店長に任せる

店長には、店舗の運営すべてを任せている。

責任が大きい反面、メニュー構成やメニュー開発を行う権限を
与えられている。
開発したメニューが売れれば、
「富士そば」のレギュラーメニューとして全店舗に広げることもある。

「良いアイデアは、いつ誰から生まれるかわからない」

という社長の言葉から現在も続けているスタイルであり、
現在「富士そば」のレギュラーメニューとなっている商品は全て、
かつてどこかの店舗の店長が開発した商品で構成されている。
自分の発案した商品がレギュラーメニューとなることで、
店長はモチベーションを上げて仕事ができること、
そして自分の開発商品に対してお客様がどのような反応をするのかを試せることは、

店長のやりがいにもつながる富士そばの良い仕組みだ。

(4)これからの「富士そば」の挑戦

◆「富士そば」、海外展開へ

関東と関西では、うどん、蕎麦の味は全く異なっている。
そのため関東の蕎麦を関西で流行らせることは難しい。

それよりも人口減少による市場の動向を考えると、
海外へ事業展開していくことが必要ではないかと考え、
海外展開を目指すことになった。

2013年、インドネシアのジャカルタに1号店を出店。

ロッテが新しくオープンするモール内に店舗を出店しないか、
という話をシンガポールで飲食店を営んでいる友人から受け、
出店することとなったのがきっかけだ。

海外事業は初めてで、食材に関する輸出入の問題、店舗内への製麺機の設置、
銀行の送金など多くの問題に直面しながらオープンしたが、
2014年7月にショッピングモール自体の集客が少なかったことも要因となって、
閉店することとなった。

しかし、ジャカルタに1号店を出店したことで海外出店のオファーが増え、
2014年9月には、新光三越との合弁会社という形で台湾に1号店をオープンすることができた。

そして現在、台湾では3号店までオープンしている。
他にも、今年(2015年)3月、フィリピンに1号店をオープン。
日本の店舗は全て直営店だが、フィリピンでは初の試みとなる、

フランチャイズ(FC)で展開している。

2013年のジャカルタオープンから約2年間で3カ国、
直営店、合弁会社、FCの3つの業態を経験できたのは良かった。

なかでも、フィリピンのFCには大きな可能性を感じており、
良い飲食店のパートナーを見つけて展開していくのが
これからの「富士そば」の海外展開のスタイルになると考えている。
健康志向が広まっている中で蕎麦は、海外に広まりつつあるので
海外展開をこれからも進めていきたいと思う。

二代目として見せる姿と挑戦

現在の「富士そば」は、以前より冒険をしない社員が多いと感じており、
富士そばのアイデンティティーでもあるイノベーション企業としての文化が
なくなってしまうのではないかと不安を感じている。
そこで、自ら新規事業を立ち上げることで、社員に冒険する姿を見せていきたいと考えた。

「社長がいる間に失敗しておきたい」

そんな自分自身の思いもあって、2012年10月に新業態である
「つけ蕎麦 たったん」を始めた。

JRの駅ナカ事業の流れから、オシャレな駅ナカに入れるような
オシャレな業態の店舗を展開していきたいと思ったのだ。
当時は、デフレが進んでおり、富士そば内でも値下げが検討されていたが

値下げをしても良いことは少ない。

そんな思いから値下げせずに営業していたが、
単価の高い業態の店舗を始めることも必要ではないかと考えたのが
この「つけ蕎麦 たったん」だった。

人件費や原価、宣伝広告費がかかってしまうなど、
「富士そば」とは違う経験をしながら、
改めて「富士そば」の素晴らしさも実感することができた。

二代目として、

新業態、海外展開と自ら挑戦する姿を見せ、
そしてイノベーションカンパニーとしての文化を残しながら、
さらに「富士そば」を大きくしていきたい。
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