
06年第3期経営者講義の第1弾として、元日本サン・マイクロ
システムズ社長、元日本シスコシステムズ社長などを歴任された、
松本孝利氏をお呼びし、講義をしていただきました!
松本氏は、日本シスコシステムズを社員3名からスタートさせ、
10年間で売上高1000億円まで急成長させた、大きな実績の
持ち主です。
今回の講義では、氏の経営手法や、シスコ時代のストーリー
などを中心に話していただきました。「インターネット」という
トレンドを創り上げた方のエキサイティングなストーリーを
一部抜粋してお届けいたします!
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●会社を楽しい場所に!
シスコは最初は3人しかいなかったんですけど、私の美学として、
少数精鋭で、優秀な人間だけで行きたいと思っていました。
できる奴と仕事したいと思っていたので、ものすごい優秀で
業界トップの人間を採りたいと思い、優秀な人間に給料を
たくさん支払う給料体系にしました。
そして、本当に欲しい人間は、私が一人一人あたって、必死で
説得しました。私のビジョンや考え方を語って、それに賛成
してくれるかどうか。あまり失敗したことは無いですね。
そして、せっかく苦労してとった人間には辞めてもらっては困る。
企業にとって一番大事なのは人ですから。
会社が楽しくてしょうがない状態にしようと。
シスコが成功した理由は、会社がFun Place to Workだったという
ことです。会社では言いたい事は何でもいえる、やりたいことは
なんでもやれる、フェアに扱われますし、業績もフェアに評価される、
そういう会社にしたかった。
そういう会社は社員一人一人のモチベーションが高いですから、
仕事しろなんて言わなくてもいいんです。黙ってもやってくれますから。
例えば、夕べ2時まで友達と飲んでしまった。家に帰ったら
3時で朝7時に起きないと会社に間に合わない。
会社が楽しくなかったら、今日は休んじゃおうと思うんですよ。
楽しい会社は、7時にまだ寝ようかな、と思ったら、だんだん頭が
冴えてきて今日はあれをやらなきゃ、と思い出して会社にいくんですね。
一人一人が燃えていると、いい結果が出るんです。
そういう人事制度にしたかったんですね。
それと小さい会社で全部中途入社だったら、
ほとんどろくな奴がいない、と思われる。それが嫌だった。
社員の一人一人が、大企業なんかに言ったときに、社員も
馬鹿にされない、会社も馬鹿にされない、リスペクトされて欲しい。
この会社にいることがプライドになる会社にならなくてはいけないと
考えていました。前の一流会社を辞めて、シスコに来てよかった、
前の会社よりいいよねと思ってもらいたかった。
●スピードこそ命綱!
ベンチャーにとって一番の強み、大会社に勝てる強みは、
スピードなんですね。
したがって経営スピードが速いということは非常に重要なことで、
私が問題点をいかに早く知るか、という意味で、社員に対しては
Open to Discussionを心がけました。
社員15名ぐらいまでは、平社員もマネジャーも、社長室のドアを
開けっ放しにしているから、私にダイレクトリポートしました。
そのほうがスピードが速いですから。そうすると色々な情報が
私のところにすぐに入ってきて、決定もすぐできる。
これが勝つために重要なんですよ。
ところが競合は30名ぐらいしかいないんですけど、
マネジメントレイヤーが4層ぐらいあるんですね。平社員が課長に
言って、課長がOKしないと部長に言えないんですよ。社長は何も
知らないわけです。悪いことはみんな隠したがりますから。
そうするとシスコには勝てないんですね。そのとき、我々は問題点を
言ってくれるとボーナスを出すという仕組みをとっていましたからね。
問題点はないか、困っていることは無いかと、会社を辞めるまで、
聴いて回りましたね。
ベンチャーの場合は、考えてから走ったのでは遅いんですよ。
走りながら考えるんですよ。だから僕は最初の2年間は、会社を出るのが
朝の1時か2時でしたね。だって、仕事が楽しくて楽しくて仕方が無いから。
●トレンドを創ったジョイントベンチャー
さて、市場を倍々にするためには、まず「インターネット」という
言葉を普通名詞に変えなくてはいけない。「インターネット」という
言葉がどういう意味なのかを知って欲しかった。ルーターとはなにか、
シスコとは何かを知ってもらいたいんです。
当時は、設立1年半で売上高70億円、社員数は16名。
マーケットシェアは40%。スタッフを集めて経営会議をやっていたの
ですが、一番イライラしていたのが、競合に数%しか差をつけて
いないということです。
僕はいつもこう思っていました。
競争相手も、我々も、どっちも常識人だよなと。
自分たちが考えるすばらしい戦略なんて、多分、競争相手
だって考えつくよな、と。
彼らが逆立ちしたって考えつかなくて、彼らに一瞬にして
勝てる戦略ってなんだ、といつもみんなに聞いていました。
僕も考えていました。でも出てこない。
あるとき、サンのときに付き合っていた孫正義さんのところに
遊びにいったんです。そしたら彼は、「松本さん、シスコは
面白い、インターネットは自分も中心になると思っている。」
ここから彼が私に言ったことは、目から鱗が落ちました。
「シスコをジョイントベンチャーにしない?」
そのときに雷に打たれた気がしました。「あ、それだっ!」て。
そしてさらにそのときに考えたのは、
「国産コンピューターメーカーを全部手に入れよう!」
なぜそう考えたか?日本の技術をリードする会社がすべて
シスコに投資したら何が起るか?シスコの知名度は一気に上がります。
他の会社は、シスコの競合となる製品を作っているんです。
常識で考えたら投資するはず無いですよね。
でも手に入れることができたら、とんでもない事が起きるわけです。
そのとき連れてきたNo.2が、「逆立ちしたってできっこない。
やるだけ無駄ですよ」というんですね。
「じゃあ、失敗したらどんなリスクがある?松本は変な奴だよね、
と言われるぐらいだよね、後は失うものは無いよね。
やったら何が起きる?間違いなくNo.1だよね。」
そう言ったら彼は黙っちゃった。だからやるって決めました。
そして、年明けてすぐ、米国本社のジョン・チェンバースに
提案しました。そしたらやろう!ということになって13社を
捕まえる戦略に出たんですね。
2ヶ月かかって、私と、孫さんとチェンバースで提案書を書き上げて、
3人で各社を回りました。でも、けんもほろろですよ。
「何で敵に投資しなくてはいけないのか」とね。
でも最終的にはいやいやながら合意してくれました。発表の日が
決まっていて、その2日前にようやく全てが決まったんですね。
もうドラマでしたね。もう一回やれといわれてもできない。
それで13社の社長が全部集まって幕張メッセで記者会見。
それから半年間、信じられないことが起りました。
新聞、TV、雑誌に「インターネット」という言葉が毎日のように
でるようになりました。95年ですよ。これがキッカケだったんじゃ
ないですかね、この言葉が広まったのは。
ジョイントベンチャーをやる前の年の売上が105億ドルですよ。
ジョイントベンチャーをやった次の年は、475億ドルです。
3.5倍の売上です。シェアは60%ですよ。気持ちよかったですねえ。
次の日の新聞には「日本勢が白旗」と出て、知名度が
一瞬にしてあがりました。「インターネット」という言葉は
普通名詞に、誰もが知っている言葉になりました。
そして我々の最大の競合だったところの日本法人の社長が、
次の日にクビになりました。何をやっていたんだとね。
私が92年にシスコを立ち上げたときは、「インターネット」なんて
非常識でした。でも今は常識です。常識なんて毎日変わっているんです。
トレンドを創る人間は非常識なんです。
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講義終了後は懇親会が開催されました。
ここでの出会いの中から新たなビジネスが新しく生まれていくかもしれません。
