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議事録

2009年 第3期 第1回 経営者講義
日本の食文化に新しい「夢」を!
~1000年続く生活創造カンパニーを目指す~
株式会社ドリームコーポレーション 代表取締役 林 浩喜 氏
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開催日時 2009年10月19日(月)  19:00 ~21:00
09年第3期の経営者講義は、株式会社ドリームコーポレーション代表取締役社長 林 浩喜氏にお越しいただきました。 ベーグル専門店「BAGEL & BAGEL」をはじめ、マフィン専門店、カフェ、パブなど4業態80店舗を展開するドリームコーポレーション。高校生の頃から独立を決めていたという林社長に、起業までの経緯とその道のりにあった重要な「決意」について語っていただきました。その講義の一部をお届けします。 講義中写真
講義録
■なぜベーグルなのか?

ここに行き着くまでは、非常に多くの偶然と必然が積み重なっています。

きっかけのひとつは、社会人4年目に読んだ書籍『マクドナルド』(ダイヤモンド社)。マクドナルドはそもそもハンバーガーとシェイクとポテトしか売っていない会社ですが、そこに「経営」を持ち込んだことで、世界トップ10に入るまでの企業へ登りつめることができたのです。

これを読んだ当時はバブルの真っ只中。僕は住友商事で不動産に携わっていましたが、土地は飛ぶように売れる時代で、経営なんかは社長がやるものだ思っていました。しかし自分の好きな食の世界と書籍『マクドナルド』に描かれた「経営」が自分の中で一体となって、これこそやりがいのある仕事だと感じました。
そして、その時の自分と、自分が将来思い描いていた自分をつなぐ橋になるのではと思い、住友商事を退職してホテル経営大学院がある米コーネル大学へ自費で留学しました。

ベーグルとの初めての出会いは、商社勤務時代にニューヨークで、です。
白い丸っこいパンにチーズとサーモンを挟んだものですが、あまりの美味しさに声を上げて感動しました。そして2回目は、食の世界で何のビジネスを始めようか模索している際に訪れた『世界ビジネスコンベンション』で。たまたまコーネル大学のTシャツを着ていた僕に「僕もコーネル出身なんだよ。僕のブースに来てみないか?」と声をかけてきた人に着いていったら、彼のブースにあの白い丸っこいものがあったのです。「あ、ニューヨークで食べたあのパンだ!」

■「あんな固いパンは日本には馴染まない」大手社長のひと言が決定打

コーネル大学大学院卒業後、AIB(American Institute Of Baking)でベーグルを学び、米国最大手のベーグルチェーンで現場の仕事に携わり帰国。ビジネスプランを携え、大手パンメーカー3社の社長に半ば強引に会いに行きました。
「ベーグルを日本でやりたいのだがどう思うか」といった質問に、3人の社長のうち2人は「あんな固いパンは日本には馴染まない」と即答。もうひとりの社長も興味は示してくれましたが、本音はNOだったのだと思います。

でもそれが僕の「決断」への最終的な決定打になりました。
米国でいろんな人種の女の子が、目を輝かせてベーグルを食べていた光景を思い浮かべました。日本でどれほどの市場が眠っているのかはわからない。でも大手は芽が出ないと言っている。「これは僕がやるしかない」

■食に味覚と機能性をもたらす

「BAGEL & BAGEL」のベーグルは、ベーグルを知らない人が食べても美味しいと思ってもらえるように作っています。大事なのは、ソフトでモチモチ感のある食感。それを出すために特定の小麦を使って差別化を図っています。また機能として、NOコレステロール・NOオイル・LOWカロリー・LOWファットという健康特性があります。
僕は、ベーグルをおにぎりやハンバーガーに並ぶ、片手で食べられる一般に普及した文化にしたい。単なる流行に終わらせず定着させ、これからも息の長い商品として根付かせたいのです。
マイケル・E・ポーターが「ベンチャー成功の3大要因」で、Differentiation(差別化)、Focus(マーケットを絞り込んだ商品であること)、Cost Leadership(コスト優位性)の3つがベンチャー経営に必要だと言っています。僕は事業を始める時、それを習ったことを忘れていましたが、後でその理論を思い出した時、ベーグルこそ条件にぴったりなんだと思い、ひとりでニンマリしました。

■決断しないと何も始まらない

皆さんは決断を簡単に口にするけれども、決断はすべてのスタート地点でどんなに凄いプランを持っていても、どんなに凄いコネクションをもっていても、どんなに資金があっても、決断しないと何も始まりません。将来何かを始めるときに必ず決断をしなければならない。それは苦しい作業ですが、頑張って決断してください。
僕は右脳・左脳でいうと右脳タイプ。直感を後から理屈で肉付けして、ある程度いけるなと思ったらもう動いてしまいます。多面的に判断していたら決断なんてできません。最後は自分の脳で判断して、腹で決断する。頭のいい人はいくらでもビジネスの粗(あら)を見つけられるからキリがない。他人が何と言おうが大事なのは自分の内なる声なのです。

■ゼロを1にする

「決断」をしたら、次はゼロを1にする――これは長かった。
米国で最先端の経営学を勉強し、日本になかったベーグル屋のコンセプトを作って鼻息も荒いし、自信満々のなか企画書を書いて、意気揚々と銀行・信用金庫・VCをまわりました。ところが思っていたのと随分勝手が違う。全然反応が無いのです。「君、もっと分かりやすいものを売れば。知らない食べ物を人に食べさせるのは大変だよ」と。

資金調達以上に苦労をしたのが不動産。良い物件は表に出てこないから、一介の個人が掴める情報はハズレばかり。もっと困ったのは、小麦などの食材の仕入先。僕は買う立場なのにすごく審査されて、結局売ってもらえないこともありました。これは頭にきましたね。でも、これはこの国の新参者に対する扱いなのです。

■ピンチをチャンスに

「決断」をして約1年。ようやく見つけた1号店の場所は、新宿2丁目。そこは、ベーグル店の対象である「女の子」とは程遠いディープでサブカルチャーな夜の街でした。
実際に街を歩き客層を見て一瞬ひるんだものの、冷静に調べると、新宿通りまで30mで、毎日8000人もの人が歩いている。そして新宿通り沿いには、予備校や中小企業も点在していることが分かったのです。
周囲の強い反対はあったものの、僕はこれ以上待てない。自分のコンセプトを試したくて仕方がなく、やると決めました。

まずは角のコンビニの壁を借りて宣伝を貼り、チラシを5,000枚刷って若い女の子だけを狙って配り歩きました。開店準備は3週間足らずでしたが、結果からするとVサイン。
オープンの朝、11時位からチラシを持った人がポツポツやってきました。僕はひたすらサンドイッチを作っていたのですが、気が付けば作っても作っても追いつかない。ふと顔を上げると店内は女の子で溢れかえっていて、店をちょっと出てみたら新宿通りまで30mの行列ができていました。店の中はもう若い女の子のおしゃべりでムンムン。そこからノンストップで3ヶ月くらいずっと満席状態が続いて、そうなると今度はピンチがチャンスに変わりました。

新宿2丁目にベーグル屋ができて、いつも女性が並んでいるとなるとニュース性がある。テレビや新聞の取材が沢山入りました。気が付けばニューヨークの知人から「CNNにお前出てたよ」と連絡が来るほどでした。
自分にどんどん風が吹いてきて、これまで相手にしてくれなかったVCが出資してくれるようになり事業を本格的にスタートできました。これが1号店です。皆さんもゼロを1にするときは、命をかけてください。自分の人生すべてをかけてください。ゼロを1にすることができなかったら、何も起こりません。1にすることができれば、次の展開・選択肢が出てきます。これが決断なのです。

■ゼロを1にして、次にやろうとしたこと

1号店を開業し事業が軌道に乗る。そして次に目指したのは、自分が取り組む市場で一番になることです。ベーグルのようなニッチビジネスの場合は、特に一番でないといけない。そうじゃないと生き残れないと考えています。

00年当時、ベーグル店のライバルは5~6社ありました。その経営者は偶然にも米国留学帰りで、雑誌等でも大きく取り上げられている方ばかり。でも僕は絶対に一番でないと駄目だという点は譲れなくて、とにかく攻めました。その結果、03年に30店舗に拡大しライバルから頭が抜けて、その後も拡大を続けて2位との差を開けていきました。とことん一番になるための強気のたずなを緩めなかったのです。

そのため、平和に楽しく働きたい社員を一部犠牲にしてしまったかもしれません。実際に組織はできかけては壊れ、できかけてはヒビが入りの繰り返しでした。それでも歯をくいしばってやりました。

このプロセスで参考にしてほしいのは、あくまで事業は主体的に考えるということです。僕もサラリーマン生活が長かったので、最初は凄くきつかった。サラリーマンはルールの中で守られている仕事。だからそこである程度実績を出せても、それは土俵があるからできているだけで、起業の世界は違います。僕はボクシングをやるからそれに例えると、大企業はボクシング。パンチで相手が倒れたらダウン、こうなったら判定勝ちというルールがある。対してベンチャーの世界は、まさにケンカのぶつけあい。やるかやられるか、勝つか負けるか。勝てば残れるし、負ければ消えるしかありません。他方大企業はそうでない。負けても次の試合に臨めるのがボクシングの世界なのです。

乱暴にいうと人生は博打です。博打はいくか残るか、賭けるか賭けないか。ステイする――つまりサラリーマンでいるのも博打なのです。
せっかく決断するのなら、自分の内なる声に忠実になれば、仮に運悪く順調にいかなかったり、将来暖簾をおろさなければいけない場面もあるかもしれないけど、自分が納得いく人生・納得いく事業展開ができると思うのです。

■資本の話

米国から帰ってきた時、実は30万円しかもっていませんでした。だから事業を始める際は多くのVCから多くの出資をしてもらいました。しかしこれでは大事な決定をするときに自分の意思が通らなかったりします。さらに株主同士の意見が合わなくなったら、社長が調整に入らないといけません。自分の意思をもって独立したにも関わらず、自分の体じゃない体を動かしているような状況が続き、気づいたのです。
「僕は何をしているんだ?」と。

そこからは自分で主体性をもって会社の舵取りをしていって、自分が正しいと思えることを決断してアクションできるようになった。それができるまでの間は、社員から見ても駄目な社長だったと思います。
これから起業をされる皆さんは、資本政策として自分が何%もってコントロールしていくかを考えて、とことんわがままになってください。出資者との力関係はありますが、卑下することはありません。コンセプトが良ければお金はついてきます。良いコンセプトにお金がつくわけであって、お金にコンセプトがつくわけではありません。

■上場をやめた理由

会社の成長に社員の成長が追いつけず、会社はハッピーでも社員がハッピーじゃない時代がありました。そこで僕は会社を何のためにやっているのか?という「成功の定義」をひたすら自問自答しました。言わば人生は永遠の自己満足の追求です。自己満足と言うと汚い言葉に聞こえるかもしれませんが、人々が感動して涙するマザーテレサの行為も自己満足の追求なのです。僕にとっての自己満足とは、この世に生れ落ちてからの存在理由なのです。では僕の自己満足を考えると「大きな家を買って、高級外車に乗って・・・」ということが自分の幸せではない。考え抜いた結果それは「長く続く・継続性のある会社を創ること」だという答えに行き着きました。事業者としての「成功の定義」がやっと見えたのです。

自分の中でのステークホルダーの優先順位は、1番に社員。2番にお客様。3番目が株主です。会社を「お客様を運ぶタクシー」に例えると、車が社員、運転手が経営者。ガソリンが投資家にあたります。いずれも補完関係はありますが、本来の「お客様を運ぶタクシー」という大事な機能を果たすのは社員なのです。長く続く良い会社を創るために、トータルに判断して上場をやめました。今でも本当にそうしてよかったと心から思っています。
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