私はどうしてもページメーカーというDTPソフトの、日本での独占権を取りたくて、
開発元であるアルダス社の本社があるシアトルに乗り込み、そこに住み込んでしまうという荒業でその権利を獲得することに成功した。
しかしながら、DTP市場はアメリカでは活況を呈していたものの、日本の場合はワープロ専用機が普及していたこともあって、
市場そのものが未成熟だった。
そこで、私は日本のDTP市場を開拓すると同時に、ページメーカーで市場を独占してしまおうと考えた。
当時アメリカではページメーカーと、もうひとつクォークというソフトがDTP市場を二分していたが、
日本ではDTPといえばページメーカーのことだと誰もが思い浮かべる、それくらい圧倒的なシェアを獲得してしまおうと目論んだのである。
そのためにはどうしたらいいか。さまざまな仮説を検討した末に、私はハイ・イメージ・ブランディング戦略をとることにした。
DTPソフトを買い求めるのは誰かといったら、まったくの素人というのは考えにくい。
当初は、それまで手作業で版下をつくっていたような編集や印刷のプロが中心となるだろう。
しかも、DTPで仕事をするとなると、ソフトのほかに処理能力の高いパソコンや、レーザープリンター、スキャナー、フォントなども必要だ。
ということは、ユーザーはある程度の出費は最初から覚悟しているはずである。
いや、仕事だけになにがなんでも安いものというより、むしろ、値が張っても安心感の得られるツールを選ぶのではないか。
ということは、それが業界ナンバーワンあるいは世界的に評価されている商品であるということは、最大の購買動機になる。
そこで、ページメーカーを世界の第一級品という高級なイメージで売り出すことにしたのである。
まずは、広告。開発元のアルダス社の社長であるポール・ブレイナードは、業界ではDTPの創始者として通っていた。
そこで、このポール・ブレイナードが地球の上に手を置いているデザインを考え、それをカタログやポスターに使うことにした。
ページメーカーは世界を支配している商品であるという意識を消費者に刷り込むためだ。 次に、価格を十四万八千円に設定した。
一太郎が約五万円だったから、その約三倍と、この手のソフトとしてはかなり高額なのは間違いない。
だが、商品そのものに高級感と信頼性があれば、逆に高価格はその物語を強化し、結果としてプレステージが上がると踏んだのである。
それから、一流の商品を扱えるのは一流の流通のみということで、販売代理店をキヤノン販売、ソフトバンク、大塚商会の三社に絞り、
三社の社長を呼んで大々的に記者会見を行った。じつは、仲の良い流通会社は他にもあったが、あえてそこにも扱わせない。
それぐらい徹底してページメーカーをハイイメージにブランディングしていったのである。
しかし、ここでひとつ問題が発生した。
ページメーカーが動作するには、OSがウィンドウズかマッキントッシュでなければならない。
ところが、そのころはまだ国民機とまで呼ばれるほどNECの98シリーズの力が強く、とくに営業力のあるNECが、
自分のところの98シリーズを売りたいがために、あまり熱心にウィンドウズを販売していなかったので、ウィンドウズが伸び悩んでいたのだ。
そこで、私はマイクロソフトのビル・ゲイツのところに行って、ソフトバンクがこれからページメーカーをどんどん売っていこうというのに、
ウィンドウズ・マシンを使っている人にしか売れないのは困る。
NECはいまのところウィンドウズを売る気はない。
万一、NECが売る気になっても販社はそうではない。
そこで、ソフトバンクにもウィンドウズの販売権を与えてくれないか。
そうすれば彼らがページメーカーと一緒に売るから、ウィンドウズのシェアもどんどん広がるぞと頼んだ。
もちろん、ビル・ゲイツにとっても悪い話ではない。
結果、ページメーカーには無料でNEC用のウィンドウズがバンドルされるようになった。
さらに、そういうことならとマイクロソフトがDTPソフトとしてページメーカーを積極的に推奨するようになり、
ページメーカーはますます売りやすくなった。
一方、アップルの盟主を自負するキヤノン販売に対しては、あえてサムシンググッドの名は表に出さず、
あたかもキヤノン販売がページメーカー・マッキントッシュ版の、日本での発売元のようにふるまうことを認めた。
さらに、DTPソフトはもうひとつの主力商品であるレーザープリンターのセールスにもつながるということもあって、
ページメーカーに対するキヤノン販売の力の入れ方は半端ではなかった。
他方、流通販売権を与えた会社には、独占的にメリットを享受できることと引き換えに、
投資の一端を担ってもらうことも忘れなかった。
たとえば、ソフトバンクには、営業マンにページメーカーの教育を受けさせ、
ソフトバンク各営業所に必ず最低ひとり、ページメーカーの専任者を置くことを義務付けた。
もちろん、ページメーカーを扱えない流通会社はクォークで対抗してきた。
正直にいえばクォークだって、
機能的にはページメーカーとそれほど差はなかったと思う。
だが、私たちの戦略であるハイイメージ・ブランディングが浸透するにつれ、その差は明らかに開いていった。
一年後、見事に開花した日本のDTP市場において、ページメーカーはシェア九十五パーセントと圧勝した。
まさに、戦略の勝利である。